9月30日、秋というにはまだ暑いですが、少しずつ涼しくなっていくのでしょう。50近くになってより時の流れに身を任せてる気がします。年齢なんてただの記号にすぎないというキャラではないし、父がこの世を去った月日まで後10年足らずだと思えば、クライマックスって感じ考え方もある訳で、命の寂寥と以前より向かいあってる感じある。すい臓癌で亡くなった父は病院のベッドでの死より慣れ親しんだ自宅の家を選びました。なくなる前日に僕に家に帰りたいと話してくれました。その時は白い液体と霧のお迎えの刹那に現れました。気丈でいることでなんとか感情を消してきたことすら消えていくような感覚を身につけた瞬間です。畳の間を包んでいた白い霧はやんわりと光を追いかけていくのです。儀式なんだと感じました。ここに命あるものに平等に与えられる儀式なのだと。ちょうど秋の日峰さんのお祭りが終わり、深まっていく季節の声を聞きたくなる頃でした。

tarianのアイブロウラインのめがねと向日葵ポップ