ライトが肯くように光をくれました。一瞬に誰かと呼吸を併せる。いつかのレコードを必死に段ボールでつなげようとしたあの頃のように少しだけ宇宙が近づいてきた。素早い反応が出来ないぼくはいつからか今がいまとなって言葉と光景と現象に同じ時間があってしまっていた。現在、過去、未来と違う時空をかけめぐることが何かの偶然からか、今思えば幼い頃からそうだったのか気づくのに沢山の時間を過ごしている。めがねを女神に救われることで「今」という体験をタンゴを躍るステップのように迷宮へと誘われてきました。本当に出逢いや音が生んでくれてるロマンに導かれてきたのだと思う。仕事が辛くて明日の光すら感じれない時に、そういうどうしようもない時に自分自身で救おうとしたことは躍ることだけでした。めがねが巫女さんや女神のよに、ひょっとして誰かの何かしらの救いになるとするならば、踊るような心で眼鏡をみなさまに身につけてほしいのです。