人生なぞということを捉えるにはてんで経験値はたらないですが、たらないことに対してなんだかゆとりが持ててきた。ゆとりって?生活は楽ではないし、そう心許す友達が多いわけではない。情熱を凄く傾けてきたものにたいしてもどこか遠いところから見つめている。そう、多分何にでもなれたり、なれるからこそ哀愁を溜め込んできた。こんな49を想像もしてなかった。おそらくぼくには歴とした形がない。だからだろう…形や色の感じれないものに心許している。そして、その恩恵に救われている。手を合わせる城下の神さまもその前の美術館からお堀に住んでる妖精も守るべきことに対峙されてるんでしょう。そして、思う…あの時に両手で優しく握ってくれたSさんの葬儀場での言葉を。そのまま手を合わせ同じように祈る。