僕のような存在で視力測定をさせていただくことに感謝があります。そしていろんな亡き命への道義で生きてる。生には執着してはいないです。だからって死んだように生きてるつもりではなく、宇宙の元の大自然のなか溶け込んでしまっている。好きな音楽はおそらく導き途中に立場上話せない。脱コミュニケーションではなく、音楽という表現にすべてを注ぎこんでのことなのでしょう。AIですぐに返ってくる言葉でしらけさせられても、音楽とは別物であり、音楽に限らずにインターネットはひょっとして軍需産業下に成り下がってるのであれば、ご先祖は何を口にしこの世界の現状を問うのであろうか。いつから死を特別なものと恐れるよになってしまったのだろうか。家で死ぬことが当たり前ではなくなる前に提言していく。受け入れないのであれば平和は訪れるはずなどない。例えどんな理由があろうとも未来に結論は逃亡する。ウィルスの原因がなんであるかわからないくらいに医学は不確かであるし、この世に確かなもなどないのに、人間は言いきろうとしてしまう儚さがある。ロマンは無我にある愛にだけは存在し、型だけの家族にはロマンなどはない。それでも子供たちは生きなければいけない。どこを不幸と捉えるかということは情緒に隠されていて、喜怒哀楽に水平線みえなくても必要とされることに感謝し、無我に愛することには一ミリの希望があると信じていきたい。眼鏡店であることはみえる世界だけを求めてはいけない。みえない暗黒に寄り添う度量も必要である。虹の咲く火星に化石のロマン見つけて旅を続けます。本日にLOVE