20代の中頃に東京から佐賀へ帰ってきました。アーケードが無くなり神代眼鏡店があった場所はエスプラッツというビルが出来るということで。まずは幼い頃から生まれ育ったアーケード呉服本町は角に神代眼鏡店、北隣は神戸屋靴店、右前に合田電気、前に最初大黒床屋、後ダンキンドーナツ、デーリーズ、増田家具、坂井八百屋、本吉うなぎ、南隣に香蘭社、南前にスタイルの店、香蘭社の隣に呉服の一越、菊水堂、いとや化粧品、店のななめ前に九州総合銀行。こんなこと書いてもオーバー40佐賀県民しかぴんとこないかもしれません。えーっと何を言いたいかと言うとここのあなたも知ってるように専門店を覚えてるということ。記憶してしまうくらいにね商店街に染まり育ったということです。あっ、あけぼのさんではいつもアイス買ってました。おとなりの斎藤さん宅では英語を習ってました。今でも眼鏡お世話になってます。ありがとうございます。街を町をまちを壊すということはそこに住んでいる集う人々の生活だけではなく思い出すら奪い取られてしまうということ。長くなりましたが、第三セクターでどこの誰だかわからないディベロッパー、いやわかってます大阪の赤坂コーポレーションに作らせてしまいました。最後まで反対した僕は都会ずれした若造だとなめられてしまい、意見しても聞き入れてはくれずとうとう神代眼鏡店も呉服本町アーケードも姿を消してしまったのです。銀天夜市など夢のように楽しかったアーケードを失って当時の商店主はどれだけ寂しい思いをしたのだろうか。まちづくり佐賀という名の破壊者にこびて、市からの給料を貰うために町、街、まちを捨て魂を売った商店主もいました。今思えば新しいビルへの期待もあったもしれません。家族が居て幾らかでも、お金になるなら切羽詰まってそうしてしまうのでしょう。先日渡辺恒雄さんが言っていたように長いテーブルの上には大金がつまれていて政界、財界、研究者、マスコミなどひとつの密約からあっという間に大金がなくなっていったように、人間は目の前にある欲に縛られてしまうのです。時は過ぎて佐賀県はJR、国から新幹線フル企画など提示されそうになりました。3セクではなさそうですが、山口知事は佐賀にとって損をする例えば大和に新幹線通すとかなんてしないと信じてます。そして在来線を残して佐賀の未来の子供たちへと繋いでほしい。どうぞ宜しくお願いします。