何かに嘘をつくようになってしまうと、当然自分自身が誰かにうそをつくようになってしまったら、話していて同じような場面での嘘が透けて見えてしまう。それでもいいって諦めて過ごす?つまらないけど、それは互いにあるものであり、感性の正直さは言葉より素早く本人に気づきを与える。踊りたい時に踊れなくなったときにはじめて自分の感情の終わりを気づくのだが、それでも延長しようとするどっちらけがこの世界を作ってしまった。あーあーあーあーもうゴールを超えて誰もいないスタンドにシュート決まってないのにガッツポーズしてるのかな。自分はそうなっちゃったとしてもロマンだけは失いたくない。ねえ、歌詞日本語の方が断然響きました。痛いほどに…ありがとう。love最後一文だけで今日のすべてが救われた気がしたよ。ソーシーットはもう遅かったね。月に誘われて朝にひかり現れますように。