一年。長いようで、夢のような一年でした。ひょっとして神様っているのかなって思える一年でした。神様今でもぼくの心にはいるのだろうか?神社には様々な命、命恋しの存在があると考えてます。心象に彩られた日日はきっと脳裏をかすめて彷徨い歩く。言葉が印象によってインスピレーションよりスピードが鈍っていて、本当のことをかくそうとするのなら、文章にはまだまだみらいがあるのでしょう。ぼくのはんぶんは決して半分ではなく、すべてもすべてじゃなく、生きながら自問自答しても変わらないものは変わらない。それは決して後ろ向きなことではなくて、心のままにいることだったのでしょう。神様、もし、人間がひとりのひとも愛せなくなってしまったら、野に咲く花を美しいと思えるでしょうか。一変のしょうじきは、どれだけの悲しみを生んできたのでしょうか。悲しみははかなき憂いより、心を動かすことを感じた時、無感情とは本来の生きる姿だったことを諭されるのでしょうか。鳥の鳴き声やむ瞬間が静かな世界。そろそろ起きようかな。love