朝はいつでもやってくる。生きてる限り、必ずやってくる。悲しみはかなしみと喜びに雪のような白い山となる。
朝に夢のような儚さ訪れた。きっと神様はずっとみていたのだろう。神とは誰で、神とは何なのか?争いや紛争を求めてるのだろうか?神秘は日々続いています。ひかりは音をよび、絵となりもする。死者との会話、交信あるのでしょうが、それは境界線を跨がなきゃ難しいし、あなたのようには生きれない。けれど、あなたの音楽は心に触れて懐かしい情念を生んできました。すべての命は魂のレベルで交流していて、よき流れの時にはインスピレーションが点滅しながら繋がっていく。悪しき時にも悪しきだけじゃない悲壮とウプ聲のオマージュあるし、叫びのときが本音の卑弥の聖もいらっしゃのでしょう。本当は男だとか女なんて、性は存在しない世界あるのだと感じてます。いつからか、これが楽しくも刹那でもあり、光がどこからやってきて、どこに向かうのかって、不思議な印影に青い陰父はみてきたのでしょう。昼食とるまえに、佐喜神社に引き寄せられるように呼ばれました。先日は来るなと言われ、今日は来なさいと呼ばれました。鍋嶋直正公がお亡くなりになってから150年の日でした。魂って存在不思議です。外はよか天気。LOVE