例えばひとつの山を眺めるのも、どこから眺めるかで見え方は違う。最近考えてるのが、目線をどう定めるかはアングルを決めることになる。ここで感覚をどこかへ飛ばして降りてきてくれる絵だったり、声だったり、誰かだったりすることがある。って書いていると電話があったり、全てはつながりある訳で、心地良い時には打算なくいたいと考える。駆け引きにイマジネーションを奪われてしまえば残念なことになる。ぼくはどこの椅子にも座らない。全ては宇宙の中の夢であるかもしれない生をとても奥ゆかしく感じています。山の眺めは本当は心が印象を運んできてくれるのかもしれない。Windowに差し込むひかりは今日訪れる出来事のプリズム。インスピレーション。競い合いが生んでしまった哀しみの三本指が過ぎる。スポーツに政治は要らない。どうか必死の訴えが叶いますように。どこから眺めても山であるやさしい天候のきらめきを待って。LOVE