誰かが世界という舞台のシナリオを書いてるのであれば、感じたことに正直でありたい。もしも個人の好きや嫌いでさえ、シナリオどおりになるというのなら争い屋の都合というものを最初に墓に葬りたい。お墓はたまに帰るだけの住まいであれば、魂おちつく歌を贈ってあげたい。現実にはあの日の焚火ある波打際眺める大陽の存在はいつまでも僕に憂を匂わしている。ほんとうは出逢いたい場所に来てくれていた。ボタンの掛け違えによりそのときは気付くことが遅かったです。同じ場所をぐるぐると回ってるときに可笑しなじぶん現れたからこそ、いまがあるのだろう。進むべきときには見えてくるものある。ロマンが言語の壁をこえるのは8歳から続いてきたこと。いのちという確かなものを捕らえない場には時間ではない想像がある。対話って一対一の宇宙から解き放たれて産まれてくるのでしょうか。僕へと送られて来る思いをすべて引き受けてしまうことは可能であるだろうか。降りてきた何かにつけて身体を宇宙へと開放したい。リズムは不規則で明るく朝がやって来ることを迎えてくれた。ありがとうございます。ずっと感じたままでいよう。LOVE